やまなしメディア芸術アワード2024-25 受賞作品が決定しました。

「やまなしメディア芸術アワード2024-25」は、3月8日より、山梨県内においてファイナリスト展として入選作品展を開催しています。
このたび、厳正なる審査の結果、10作品の中から受賞作品を決定いたしました。

Y-GOLD  (最優秀賞)

《野生の霧》 鈴木泰人

<受賞者コメント>

このたび《野生の霧》が受賞できたことを光栄に思い、その意味を深く受け止めています。山梨の森で出会った原風景が今も残されているからこそ、生まれた作品です。見えにくい形を音や技術を用いて表現することで、記憶を頼りに彷徨う日常の姿を、作品を取り巻く環境を含めて観る人それぞれの感覚で受け止めていただけたらと思います。
また、多様な作品に触れてメディアアートを改めて考える機会となりました。こうした場が続いていくことで、潜在的な価値が認められ、地域の枠を超えた刺激や対話が生まれるきっかけになればと願っています。

<審査委員コメント>

青柳正規
記憶とはさまざまな感覚によって感知された情報の集積であり、「ある記憶」とはその一部を切り取ってパッケージ化した集合体なのだろうか。しかもセピア色に褪色していたり、すりガラスを通して、あるいは霧の中にあるかのように見えることを期待されているのだろうか。記憶の中にある個々の情報は輪郭のない曖昧でなければならないのだろうか。
紛うことのない凛とした形をもつモノどもを提示して記憶化にいたる操作以前に誘おうとしているのだろうか。電球の光とアンプが生み出す音によってあの時に、あの場所に引きずって行こうとしているのだろうか。確かにあの記憶のなかに引きずり込まれそうだ。

太田智子
山梨県内の都留という地域の森で、霧の中をさまよったという経験を、自身の制作スタイルと組み合わせた作品。山梨で使われた日常の古い生活用品が並び、都留やその他の場所から集められた音が聞こえてくる空間は、時折点灯する種々の照明とも連動し、どこか違う時空に観る者を誘うような没入感をもたらす。決して派手ではないが高い精度の技術により、地域の暮らしの手触りまでも感じさせる。

金秋雨
受賞おめでとうございます。静けさの中に冒険があり、ふとした瞬間に時代の「エラー」のような光が差し込む。そんな作品の奥行きに引き込まれました。展示という形への問いかけも含め、鑑賞者の記憶や感覚をそっと揺さぶる力を感じます。ふと、茨木のり子の「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」という詩の一節が浮かびました。作品を通して、見えないものを感じ取る力が、静かに目覚めていくようです。本当に素晴らしい作品でした。

高見澤峻介
本作について特筆すべきは、作品の詩的表現の中で、通常は技術的要素として背景に退くはずのデバイスや機材が、陳列された日用品と同等の存在として扱われている点です。自然風景、時間の痕跡を宿した骨董的日用品、そして音響・制御のためのデバイスや配線という三つの異なる要素が、違和感なく調和した空間を構成されており、最先端技術に依存することなく、しかしVRやARにも匹敵する没入感を生み出しています。

多田かおり
突出した完成度の作品で、作家のこれまでのリサーチや経験値といった蓄積を存分に発揮していたと思う。工場跡の建物である会場との相性も良く、ストレスを感じず作品に集中できた。本作は展示された物の振る舞いや音響などの各要素が極めて精緻にデザインされているが、その背景には作家の技術力の高さもあるのだろう。それにも関わらず、テーマとしての「テクノロジー」は後退している。このような作品が最優秀賞を受賞することも興味深い。

原田裕規
コンセプト重視で見たとき、視覚的に見たとき、体験として見たとき、それぞれの見方に対応する緊張感をもっていたのが鈴木さんの作品でした。良い意味で「なんとなく」がない、張り詰めた空間になっていたと思います。この緊張感をこのスケールで実現するのは、並の労力ではなかったはず。大作であり労作でした。また若手のみならず、中堅やベテランの作家であっても意欲的な表現はバックアップされてほしいと思い、また本作が「メディア芸術」の枠組みを拡張してくれるようにも思い、Y-GOLDに選ばせていただきました。

Y-SILVER(優秀賞)

《BOX SEAT》 早川翔人

<受賞者コメント>

本作のような不確定な形式を扱う公募が国内では稀な中、このアワードに出会い、受賞できたことを光栄に思います。また、都心を離れ、自然豊かな山麓に囲まれた会場で展示する機会をいただき、感謝申し上げます。やまなしに滞在する中で、作品展示と同時にその地の歴史や風土に根ざした文化的魅力も存分に体感し、制作活動に新たな刺激を得ることができました。末永くこのようなアワードが続き、多くの才能が花開する土壌となることを願っています。

<審査委員コメント>

太田智子
人間が機械に顔の表情の訓練を受けるという皮肉。プレイヤーを評価し、励ましてみせる画面内のデジタルヒューマンこそ、人間の顔を学習して来たはずなのに、という思いが浮かぶ。一方で、同時に3名まで体験可能という高い技術を用いつつも、顔という最も人間らしさが現れる“素材”が選ばれていることで、顔とは?表情とは?感情とは?という人間の肉体・精神のありように意識を向けるきっかけになる。顔のトレーニングをしているところを誰かに見られる気恥ずかしさはきっと拭えないけれど。

原田裕規
技術力の高さ、空間的な作り込みの完成度で群を抜いている作品でした。また体験として「圧」があり、たとえコンセプトがわからなかったとしてもすごい──そう言わせる力をもった作品でした。メディア芸術アワードにふさわしい、新しいメディアやテクノロジーを駆使した秀作だったと思います。またデジタルヒューマンに表情のレッスンを受けるという状況にはユーモアも感じられて、一筋縄ではいかないところもこの作品の魅力でした。

Y-SILVER(優秀賞)

《Five Years Old Memories》 小光

<受賞者コメント>

山梨で展示という貴重な機会をいただけて、そしてさらに受賞とのことでたいへん嬉しく思います。ありがとうございます。本作をプレイするだけでなく、プレイヤーが自身の幼少期の記憶を思い出したり、プレイヤー同士でお互いの記憶にまつわる対話へ展開したりする事も作品の一部だと思っています。ぜひ審査員の方々の5歳頃の記憶も伺ってみたいです。

<審査委員コメント>

高見澤峻介
タッチパネルやジャイロセンサーといった機能を活用し、記憶の中に存在する質感や動作を追体験できる作品です。タブレット端末上でのアプリケーション形式であるため、体験に軽快さがあり、間口が広いこともアーカイブとしての質を高めています。個人史がデジタル空間に保存されることが日常となった現代において、作品というローカルな場所で、記憶の保存と仮想的な動作の追体験は重要な視点を与えているように思います。

多田かおり
単に幼少期の体験を聞き取ってビジュアライズするだけでなく、本作にはドラッグ、ピンチ等、私たちが普段ユーザーとして、もはや無意識的に行なっている操作そのものが、ふいにエピソードの持つ懐かしさと一致するような質を持つ瞬間がある。作家にとってコンピュータを触って応答があるという体験(特に本作のように多くの人が操作可能なインターフェイス)は、懐かしさを表現する一種の語彙なのかもしれないと感じた。

Y-CRYSTAL(山梨県賞)

《Bonchi-Kofu-》 久々利涼

<受賞者コメント>

甲府盆地を題材にした作品を7年間撮り続け、山梨県賞をいただけたことを大変光栄に思います。これまで私は、生まれ育った中部地方を起点に、地方の郊外を夜に歩きながら、地方における風景を記録してきました。それは自身にとって、新たな夜の風景の発見に繋がりました。夜はまだ未知の世界です。本作品は今後も制作を続けていく予定であり、また山梨県内で展示の機会があれば嬉しく思います。

<審査委員コメント>

青柳正規
ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートという三プレートが出会うことによって生まれた甲府盆地の地下構造は笛吹川と釜無川の堆積物によって覆われた、日照時間日本一という太陽の恩恵に浴した地域である。しかし、日照のない甲府盆地、徒歩という風景がもっとも身近に迫る移動法、そして200キロにも及ぶ移動距離、そのなかで影像に記録された一コマ、一コマも甲府盆地がもつ紛れもない現実である。生活の場を、活動が休眠状態にある瞬間で捉え、喧騒に遮られた自然が静寂のなかで本来の姿を表している。愛着ある土地の未知の表情を知ることによってさらに愛おしさが募る。

金秋雨
受賞おめでとうございます。夜の甲府盆地を200km歩きながら撮影するという挑戦的なアプローチからは、制作への強い衝動が伝わってきました。その一方で、作品としての完成度やアウトプットの精度には、まだ磨きをかける余地があるように思います。創作は足し算ばかりではなく、時には思考を重ねながら引き算をすることも大切ではないでしょうか。さらに研ぎ澄ませていくことで、より深みのある表現へとつながっていくことを期待しています。この受賞はあくまで一つの出発点。ここからどのようにご自身の表現が進化していくのか、今後の展開を楽しみにしています。

(写真:大塚敬太)

各作品・作家の詳細は入選作品展Webページをご覧ください。